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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)6479号 判決 1989年2月06日

原告 泰成工業株式会社

右代表者代表取締役 駒込孝英

右訴訟代理人弁護士 石井文雄

同 阿部能章

被告 株式会社 金澤製作所

右代表者代表取締役 金澤光雄

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 島田康男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金三九一万六〇三〇円及びこれに対する昭和六〇年七月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、鉄骨構造工事の請負、土木建築工事の設計並びに施工等を目的とする株式会社であり、被告株式会社金澤製作所は、土木建築機械の設計製作及び販売等を目的とする株式会社であり、被告金澤光雄は、被告株式会社の代表取締役である。

2  原告は、昭和六〇年七月一七日当時、埼玉県八潮市大瀬字稗田六五三番地所在の原告の工場において、左記の鋼製型枠(ワイドフォーム、以下本件ワイドフォームという。)を製作して所有していた。

直径一三五〇ミリメートル、長さ一五〇〇ミリメートルの型

枠を七本連結して製作した全長一〇・五メートルの鋼製型枠

3  原告は、本件ワイドフォームの製作に、三九一万六〇三〇円を要した。

4  被告会社代表者である被告金澤は、同日、原告に無断で、本件ワイドフォームを前記原告の工場から運び去った。

5  被告金澤の右の行為は被告会社代表者のした原告に対する不法行為であるから、被告らは、原告に対し連帯してその不法行為に基づく損害賠償責任を負うものである。

6  よって、原告は、被告らに対し、不法行為者に基づく損害賠償として、本件ワイドフォームの製作費に相当する前記三九一万六〇三〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年七月一七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は争う。

本件ワイドフォームは、被告会社が訴外国土開発工業(以下訴外国土開発という。)からその製作を一六八万円で請け負ったものであり、その価値が右の価額を超えることはない。

3  同4の事実のうち被告金澤が本件ワイドフォームを原告の工場から運び出したことは認め、それが原告に無断でなされたことは否認する。

被告金澤は、本件ワイドフォームの製作を順次請け負った訴外ユルエ製作所(以下訴外ユルエという。)、訴外町田屋訓(以下訴外町田屋という。)及び原告から、同日、製品を引き渡すとの連絡を受けて現場に赴き、その引渡しを受けたのであって、本件ワイドフォームの搬出は原告の承諾に基づくものである。

4  同5及び6は争う。

三  抗弁(被告ら)

本件ワイドフォームの製作は、被告会社が訴外国土開発から請け負い、これを被告会社が訴外ユルエに、訴外ユルエが訴外町田屋に、訴外町田屋が原告に順次発注したものであって、被告会社の訴外国土開発に対する本件ワイドフォームの納期は、本来昭和六〇年七月五日であり、被告会社及び訴外町田屋は、原告に対し一日も早くこれを完成して引き渡すよう催告したが、原告は、自己が納期と主張する同月一二日も徒過し、同月一七日に至ってようやくその引渡しを連絡してきた。そこで、被告会社は、運搬用トラックを用意し、被告金澤が訴外町田屋と共に原告の工場に引き取りに赴いたところ、原告代表者は、請負代金の増額を主張して本件ワイドフォームの引渡しを拒んだ。被告金澤は、本件ワイドフォームが公共事業用のもので著しく納期に遅れており、直ちに引渡しを受け納品しないと、公共事業に頼る被告会社が以後公共事業の受注から締め出される等死活問題になる旨、また、請負代金は、被告会社が訴外国土開発から請け負った代金の一六八万円まで支払ってもよい旨譲歩した。しかるに、原告代表者は、請負代金を三六〇万円に増額するよう法外な主張をし、その要求が受け容れられなければ本件ワイドフォームをスクラップにすると言って、原告主張の金額の支払い約束を強要し続け、このような状況が同日夕方から深夜まで続いたので、被告会社は、やむなく、本件ワイドフォームを運び出したものである。

本来、本件ワイドフォームの請負代金は、契約当事者である原告と訴外町田屋との間の問題であるし、本件請負契約においては、製品の引渡しと代金の支払いとは同時履行の関係にないことを考慮すると、右の経過の下に被告会社が本件ワイドフォームを運び出したことにつき、違法性はないというべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、本件ワイドフォームの製作が、被告ら主張のとおり順次請け負い発注されたこと及び被告会社が運搬用トラックを用意し、被告金澤が訴外町田屋と共に原告の工場に引き取りに赴いたが、原告代表者が請負代金の増額を主張して本件ワイドフォームの引渡しを拒んだことは認め、その余は争う。

原告と訴外町田屋との間に本件ワイドフォーム製作の請負につき概略の協議が整い、原告が材料表を受領したのは昭和六〇年七月一日であり、原告がその見積り及び納期を決めることができたのは同月五日であった。原告は、同月二日に本件ワイドフォームの製作に着手したが、同月一〇日に至って、被告会社から、誤差をプラスマイナスゼロにするよう精度アップの指示がなされ、かつ、翌一一日には本件ワイドフォームのサイズを直径一三五〇ミリメートルから一三五七ミリメートルに変更するとの指示がなされた。そのため、原告は、以後連日徹夜で本件ワイドフォームの製作を続け、同月一七日ようやくこれを完成させたものであり、納期に遅れたのは、ひとえに訴外町田屋及び被告会社の責任である。原告が訴外町田屋から本件ワイドフォームの製作を請け負った際の見積額は一五三万三〇〇〇円であったが、その後右の設計変更の指示を受けたため、製作費が著しく増昂したのであるから、原告が訴外町田屋及び被告会社に対し請負代金の増加につき明確な取決めを求め、その約束ができない限り製品の引渡しをすることができないと主張したことは、当然のことである。

被告金澤は、原告の右の要求と主張を無視して本件ワイドフォームをトラックに積み込み始めたので、原告代表者はこれを阻止するべく警察に通報し、駆けつけた警察官立合いの下に関係者が話合いを進めたが、被告金澤は、同日午後九時三〇分過ぎころ、原告代表者らの隙を見て被告会社の社員に指示して本件ワイドフォームを運び去ったものであり、その行為の違法性を否定することはできない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告会社代表者である被告金澤は、昭和六〇年七月一七日、原告代表者が明確に引渡し拒否の意思を表明していたにもかかわらず、運送人に指示して、本件ワイドフォームをトラックに載せて原告の工場から運び去ったこと(請求原因4の事実)が明らかである。

よって、被告金澤の右の行為は、一応、原告に対する不法行為たる自力救済に該当するということができる。

そこで、以下、抗弁につき検討する。

二1《証拠省略》を総合すれば、次の経過を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(一)  本件ワイドフォームは、茨城県の公共事業である下水道事業に使用する地下埋設下水道コンクリート管製造のための鋼製型枠であり、いわゆるゼネコンである東鉄工業からその製造を請け負った訴外国土開発が、これを昭和六〇年五月下旬被告会社に発注したものであるが、その製品検査は同年七月五日とされていた。被告会社は、これを訴外ユルエに、訴外ユルエは訴外町田屋に順次下請発注した(このことは当事者間に争いがない。)が、訴外町田屋は、他の仕事で手一杯であったことから、同年六月二四日ころ、従前の仕事の受注先である原告に対し、逆にその製作を訴外町田屋が請け負った条件である一キログラム当り一九〇円の条件で引き受けてほしいと依頼した。原告代表者は、翌二五日訴外町田屋に会って設計図をもとに概略の話を聞き、これが公共事業関連のものとの説明は受けなかったが、それと理解し、請負代金の総額について明確な合意に至らないままこれを承諾した。従前、原告は煙突などの大型型枠の製造を手掛けていたが、本件ワイドフォームの類の型枠は扱ったことがなかったため、原告代表者は、訴外町田屋に本件ワイドフォームの製作にあたっての誤差は通常三、四ミリメートル程度は許容されていると確認するとともに、同年七月一日、訴外町田屋から材料表を受領して見積りをし、同月五日に訴外町田屋に対し、納期は同月一二日とし、見積額を一五三万三〇〇〇円とする見積書を送付した。原告代表者は、訴外町田屋から格別の反応がないため、右の見積りが了承されたものと受け止めた。

(二)  原告は、同月二日に本件ワイドフォームの製造に着手したが、初めて製作する原告関係者には受領した設計図が簡略に過ぎるため、同月三日、訴外町田屋の従業員に、次いで、翌四日には訴外町田屋の従業員及び被告金澤からも説明と指導を受けた。その際被告金澤は、次の工事現場へ急いでいたため、詳細な説明を十分する時間が取れず、結局、原告は本件ワイドフォームのサンプルを送って貰って製作し続けた。同月九日に至り、原告に本件ワイドフォームのコンクリート注入口の図面が、続いて同月一〇日にその見本が届けられたが、いずれも急に送付されたものであって原告では対処できないため、その作成は被告会社がすることとされた。

(三)  ところで、同月一〇日原告に前記の見本を届けた被告会社の従業員は、原告の製作状況を見て、それが極めて粗雑であると判断し、その製作方法について注文をつけたため、原告側から被告金澤に来訪を求めたところ、翌一一日被告金澤が原告の工場を訪れた。被告金澤は、自動溶接器がなく、手動で切断溶接している原告の作業状況を見て、原告の従業員に対し、鋼板を自動切断溶接でなく手動でしているのでは精度が落ち、検査も通らない、管内補強リブR背と外板プレートとの隙間をもっと狭め、誤差はプラス五ミリメートル、マイナスゼロミリメートルとして真円を保つようにし、また、ワイドフォームの一端の直径は一三五五ミリメートルに、他の一端は一三五七ミリメートルにするようにと指示した。

(四)  原告は、右の予期しない急な指示を受けて急遽工程の手直しを迫られ、以後同月一七日朝までほぼ八名の従業員による突貫作業をして、本件ワイドフォームを完成させた。本件ワイドフォームの製作のため被告会社から原告に支給された材料は、極く僅かである。

2 《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  訴外町田屋は、昭和六〇年七月一七日午前八時ころ、原告の工場に本件ワイドフォームが完成したかを電話で問い合せてたところ、従業員の池内から、右は完成したが、仕様変更等に伴う追加経費の支払いにつき取決めをして貰わないと出荷できないと言われ、被告金澤に連絡しておく旨答えた。

(二)  しかし、訴外町田屋は同日午後二時ころ原告工場にやって来、同訴外人から本件ワイドフォームの完成を知らされた被告金澤も、その引渡しを得ようとして午後三時ころ運搬用のトラックを用意して現われた。被告金澤が本件ワイドフォームを検査したうえ、その引渡しを求めたところ、池内は、前記同様、仕様変更等に伴う追加経費の支払いにつき取決めをして貰わないと出荷できないと主張した。以後、請負代金につき、相当額の増額を主張する池内と、重量増加分につき一キログラム当り一九〇円の割合でしか増額できない、納期もとうに過ぎており、直ちに引渡しを受けないと被告会社にも大きな損害が生じており、大変なことになる、とする訴外町田屋及び被告金澤との間で激しいやり取りが続いた。

(三)  午後四時半頃になると、被告金澤は、原告工場のクレーンを使って本件ワイドフォームをトラックに積み込もうとするに至ったため、池内は、クレーンの電源を切るとともに原告代表者駒込に電話でその状況を報告し、駒込からの指示に従い、警察に通報したところ、間もなく警察官二名と駒込が順次到着し、警察官立合いの下に話合いが始められた。

(四)  被告会社は、当時既に納期遅れを理由に元請けから損害金として五〇万円の補償を約束させられており、かつ、早急に製品の検査の実施を迫られていたため、被告金澤は、本件ワイドフォームが公共事業用のものであり、その納期も大幅に過ぎ、直ちに引渡しを受け納品しないと、公共事業に頼る被告会社が以後公共事業の受注から締め出される等死活問題になる、被告会社にも既に大きな損害が発生している旨説明し、また、請負代金については、被告会社が訴外国土開発から請け負った一キログラム当り二二〇円の割合で一六八万円まで支払ってもよい旨譲歩を示した。しかし、原告代表者は、精度アップやサイズの変更等仕様変更が重なったため三五〇万円は払う約束をして貰わないと引き渡せない、費用がかかりすぎて引き取れないというならスクラップにしてもよいなどとして、折り合いがつかなかった。

(五)  こうして午後九時半頃になったとき、被告金澤は、その場を中座し、運転手に指示して密かに本件ワイドフォームをトラックに積み込ませ、これを発車させて話合いの場に戻った。

(六)  再び話合いが始りかけたところで、被告金澤は、忙しいのでまた改めて話し合うと言って帰りかけ、駒込から、話合いを止めて帰るなら出荷は話がついてからにすると呼び止められると、荷物は車に積んで今出たと明かし、駒込及び警察官に詰問されると、今日引き渡しを受けないと困るのでやむをえずした、どうしてもだめだと言われれば、明日の立合い検査の後に持って帰ってくる、と言い分けをした。

(七)  被告会社は、本件ワイドフォームを二日かけて調整して完成させ、同月二〇日、検査を受け終わった。

以上のとおり、本件ワイドフォームは、請負人たる原告がこれを製作して原始取得したものであるから、前請負人たる訴外町田屋との間の請負代金に関する合意を経てこれに引き渡された後、同訴外人から訴外ユルエに、同訴外人から元請負人である被告会社に引き渡されるべきものであるところ、被告会社が自力救済によりその引き渡しを得たものである。

3 ところで、《証拠省略》によれば、本件ワイドフォームは、その製作に慣れた業者であれば数人の職人が数日ないし一〇日(五〇人工)程度で仕上げることができるものであり、また、被告会社が原告に求めたサイズの変更は、簡単な作業で可能であること、精度の高い真円を保つことも、自動溶接器を使用することなどにより、比較的容易にできるものであることを認めることができ、これらの事実と前記認定の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告会社の前記の各変更指示等により原告が予想以上の経費(《証拠省略》には、一七〇人工程度を要した旨の記載がある。)を要したというのは、被告会社の指示の時期及び内容から請負人なら誰でもそうならざるを得なかったというものではなく、むしろ原告において本件のようなワイドフォームの製作経験がなく、作業員が不慣れで、自動溶接器等の機器の準備もなかったこと等が主な原因であったということができる。

また、《証拠省略》によれば、この種の公共事業関連請負契約においては、製品の引渡しとその請負代金の支払いとは必ずしも同時履行の関係として扱われないことが多く、本件請負契約もこれと同趣旨でなされたと推認することができるところ、前認定のとおり、被告会社は本件ワイドフォームの納期を大幅に過して、元請会社から損害金として五〇万円の支払いを約束させられたうえ、製品検査の早急な実施を迫られていた状況にあり、それ以上原告との下請代金の交渉に時日を費やして本件ワイドフォームの引渡しが遅れたり引渡しを受けられず納品が遅れれば、以後公共事業に係る事業の受注から締め出される等死活問題になりかねない切迫した状況に置かれており、かつ、原告の請負代金増額の求めに対し、直接の契約当事者である訴外町田屋ともども、自己の受注代金の全てを原告に支払うとの提案をしていたのである。

このように、被告金澤の自力救済の行為は、そのときに自力を行使しないと被告会社の権利の保護実現が危殆に瀕するおそれのある状態においてなされたものであり、かつ、自力行使の相手方である原告に対し自ら一定の負担を負うことの申し出をしており、相手方に一方的全面的な負担を負わせてその権利の実現を不可能にさせるというものではなかったということができ、加えて、その態様においても、威力又は暴力等を用いたものでなかったことを総合考慮すると、右は例外的に自力救済として許容され、不法行為としての違法性を欠くものというべきである。

以上のとおり、被告らの抗弁は理由がある。

三  よって、その余の事実につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保内卓亞)

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